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| 『ラストゲーム 最後の早慶戦』 |
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『ラストゲーム 最後の早慶戦』合同インタビュー
ゲスト:神山征二郎監督、渡辺大さん、原田佳奈さん
監督:神山征二郎(2008年 日本 1時間36分)
出演:渡辺大、柄本明、柄本佑、原田佳奈、藤田まこと、富司純子、石坂浩二
8月23日から公開中 テアトル梅田、シネカノン神戸、8/30〜京都シネマほか
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1943年10月16日、“最後の早慶戦”が行われたその日、早稲田大学戸塚球場には、徴兵検査を数日後に控え、これが人生最後の野球になるかもしれないという思いを胸に、ありったけの力を出して白球に向かう若者たちの姿があった。
太平洋戦争の真っただ中、野球は敵国アメリカの国技と、東京六大学野球も中止になる。早大野球部、野手の戸田は、戦時下とはいえ、部顧問、飛田の強い信念の下、合宿所で野球の練習を続ける日々。しかし、学生への徴兵猶予が停止され、数か月後には軍に入ることが決まる。せめて出征前に早慶戦をやりたいという両校の思いが重なり、数々の困難を乗り越え、ついに試合が実現するまでを描く。実話をもとにしており、徴兵を控えた学生たちの不安な思い、息子や教え子を戦地に送り出さなければならない大人たちの思いが熱く伝わってくる、みごたえのある人間ドラマ。
主人公の戸田を演じた渡辺大さん、早大合宿所の世話係で、部員たちの憧れでもあるトモ子役の原田佳奈さん、神山監督が、キャンペーンのために来阪。本作の魅力について語ってくれた。
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―――現場での演技指導は厳しいものでしたか?
渡辺:いえ、監督は優しい方ですし、締めるところは締めますが、怒鳴ったりすることは全くなかったです。むしろ、絵づくりをしたら、あとは役者の仕事だと委ねてくるので、僕らがしゃんとして自分の責任を果たさないといけなくて、少し緊張した感じでした。 |
監督:若い方を含めていい俳優さんに集まってもらいましたので、いちいち細かく言わないとだめということはほとんどなかったです。それよりも、例えば、大くん本人は長男なので、次男の性格について話し合ったり、俳優と監督との事前の役づくりは原田さんともしました。
―――渡辺さんを主役にした決め手は?
監督:格好いいというか(笑)、姿がいいのは映画の基本ですよね。特に主役はたとえ殺人犯であっても格好がいいのはきまりごとです。あと今回は、野球の経験があることです。キャストの中には、野球ができたら、お芝居はほとんどできなくてもいい役もありますし、逆に、柄本佑さんが演じた、戸田の親友の黒川は、野球はほとんどしなくてもいいですが、わりと芝居のシーンがあって、芝居ができることが基本条件でした。主人公の戸田は、プレーする場面もたくさんありますし、絶対野球ができないとだめです。そうやって、役によって適性のある人を選ばせてもらいました。
野球については、甲子園出場経験の有無など、プロデューサーが事前に調査したデータをもとに面接し、ある程度内定した上で、グラウンドに行って、投げたり振ったりしてもらって、役を割り振りました。大くんは主役と、その前から内々に決めていました。
―――原田さんをキャスティングされた最大のポイントは?
監督:トモ子というマドンナについては、庶民的な感じがすることと、そこはかとなく知的なもの、その二つがある人がいい、というのが僕の中の基準でした。そういう人はいそうでいなくて、結構ぎりぎりになって、原田さんにお会いして、決まりました。
―――渡辺さんの出演作を見ると、若い俳優さんにしては戦争映画など渋い映画が続いていますが?
渡辺:僕は現代顔ではなく完全な昭和顔なので(笑)。ただ、それはデメリットになっているわけではなく、現代劇に出る人がいれば、僕のように戦争映画に出る人がいたり、適材適所と思っています。もしかしたら、こういう骨太な映画の方が僕に合ってるのかなと思います。
―――主人公とほぼ同年代ですが、平成の今を生きる若者のことをどう思いますか?
渡辺:かわいそうと思う人も多いかもしれませんが、僕らからみたら、この先戦争しかないという状況で、早慶戦を通して何かを残そうとした彼らは、魂の燃焼をし遂げたような気がして、すごく羨ましいです。
あれから60年以上経ちますが、人間の根底というのはそう変わるものでもありませんし、意外に、僕らも同じものを持っているのではないかと思います。今の若者たちも内に秘めて持っていますが、エネルギーの注ぎ方や環境が違ったり、教わっていなかったりするだけのことではないかと思います。だからこそ、魂を燃焼させるような何かを持っている若い人たちに、この映画を観てもらって、あらためて自分の内側に問いかけてほしいと思います。 |
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―――子供を戦争に送り出す親や先生といった大人たちの気持ちが丁寧に描かれています。長回しの場面は一発勝負でしたか?
監督:お芝居がよくできている時は長回しをしたくなるものです。みていて、もう持たないと思う時はカットを切り替えます。早大野球部顧問役の柄本明さん、早大総長役の藤田まことさん、戸田の母親役の富司純子さん、父親役の山本圭さん、慶応義塾の塾長役の石坂浩二さんと、日本を代表するような名優ばかりで、僕が何も注文しなくても、思っていた以上に皆さんいい演技をしてくれました。この作品に俳優として参加する喜びを持って、やってくださった結果ではないかと思います。 |
僕からは演技について何も注文していません。ただ、山本さんとはシナリオについて少し話をしました。お国のために役立つというのは建前で、人間というのは建前と本音が必ずありますから、どこかで本音がすっと見えてきた時にドラマが発生します。だから、山本さんが演じた父親が“どこで変わるか”について、山本さんはシナリオに疑問があったのです。このセリフがあると、ここへはいけないという細かい話合いをやって、少しシナリオを直したりしました。
柄本明さんと石坂さんが、合宿所で、なんとか早慶戦を実現させましょうと手を握り合う場面は、現場で見ていたスタッフが皆、感動していました。いい映画になるかもしれないという予感がしみじみしていました。
―――柄本佑さんと共演し、互いに二世俳優としての思いを話したりしましたか?(大さんの父親は俳優の渡辺謙)
渡辺:ないですね(笑)。そのことについて深く負い目があるわけではないですし、結局は自分次第なので。佑くんは飄々としてマイペースでおもしろい人でした。
―――柄本佑さんは、本作で、父親の柄本明さんと共演しているんですね。
渡辺:あれは凄いですね。僕にはできないです。ちょっと怖いです(笑)。
佑くんも、飄々としていながらも、彼は彼で、父親と一緒に演じる場面では、現場の隅っこで小さくなって、やはり少し緊張していたようです。役者って少し無邪気なところがないといけないと思うのですが、そういうところが親と一緒だと出しづらいように思います。
監督:佑くんはお父さんの目を一番意識すると僕に言っていました。やはり明さんを俳優として尊敬しているのでしょうね。親子は宿命で変えようがありませんから、あとは親を俳優としてどうみるかですね。佑くんは、僕がだめというよりも、父親の目が一番効くみたいでしたね(笑)。
―――「就活女優」としてやってこられて、今回はどうでしたか?
原田:トモ子役に決まる前、監督やカメラマン、プロデューサーの前で台本を読んだりしたのですが、そのときは、やはりそれまで培ってきた度胸や、土壇場での強さが役に立ったと思います。
監督:そういう何か強いもの、少々脅しても大丈夫だろうというところは感じましたね(笑)。
―――役作りはどうされましたか?
原田:一番難しく、重要に思っていたのは、当時の時代の子に見えることと、早稲田の野球部員のあこがれの存在にみえることです。現場に入る前に、祖母から、戦争の話をいろいろ聞いて役づくりをしたのですが、実際、現場に入ると、合宿所があって、そこに野球部員たちがいて、自然と入っていけました。
今回、男女の距離感がすごく大事だと思いましたので、祖母からは、祖父とのなれそめの話も聞きました。この映画出演がなければ、聞くきっかけもなかったのでよかったと思っています。
―――最後に、本作を観るにあたってのポイントがあればお願いします。
原田:登場人物は男性が多いですが、女性が男性を送り出す気持ちとか、女性からみても共感できるところはかなりあると思います。人を好きになるのも今と同じです。若い人も、戦争を知っている世代の人も、皆、きっとその人なりの立場で何か感じるものがあると思います。命の尊さや家族の絆が描かれていますので、ご家族で劇場に足を運んでいただきたいと思います。
渡辺:若い人たちには、重苦しい戦争映画というよりは、青春の持っている爽やかさみたいなのを観てもらいたいです。僕たちと同じ共通点を探してもらって、日々のエネルギーを注げるような何かを見つけたり、考えたりするきっかけになるといいなと思います。
監督:戦争の時代に直面した人たちの人間ドラマをやりました。自信作です。よろしくお願いします。
神山監督は、一見怖そうにみえましたが、いざお話をうかがってみると、優しく穏やかな語り口に、思わず緊張が解けました。長い経験に裏打ちされた言葉の一つ一つは重みをもって聞こえ、監督という仕事の大変さと底知れぬ魅力の一端に触れたような気がしました。「このところ、監督自身、使命感に燃えているような作品が増えていますね?」との問いに「ある種の使命感がないことはないです。もっとできそうだという気持ちがある間は現役を続けたい」との力強い言葉。次作も楽しみに待ちたいと思います。
すらりとした長身で、大きな目に輝きを秘めた渡辺大さん、屈託のない笑顔ではきはきと答える原田佳奈さん、平成の今を生きる二人の清清しさが、そのまま作品の中の、当時の若者たちの懸命な姿を思い起こさせ、お二人のこれからの可能性がまぶしくみえました。
試合が終わった時、最後までやり遂げることができた喜びが球場全体にあふれだします。闘い終えた選手たちと、見守る家族や教師たち、観客との間に生まれる一体感は特筆です。ぜひスクリーンで観て、熱い思いを感じとってください。 |
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| 『言えない秘密』試写会イベント |
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『言えない秘密』ピアノ演奏付き試写会
演奏:イケメンピアニスト・外山啓介
(2007年 台湾 1時間42分)
監督・脚本・音楽:ジェイ・チョウ
出演:ジェイ・チョウ、グイ・ルンメイ、アンソニー・ウォン、アリス・ツォン
8/23(土)〜新宿武蔵野館他全国順次ロードショー
9/13(土)〜テアトル梅田、MOVIX京都、シネカノン神戸 ★
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本作は、終始にちりばめられた鮮烈なピアノの演奏シーンが印象的だ。甘酸っぱいラブシーンのような連弾、スペクタクルのようなピアノバトル、心の葛藤を託すかのような独奏、まさに「言えない秘密」の謎が解き明かされていくとき、ピアノは一際大きな存在感を放つ。 |
| 本編上映前に、「ピアノ王子」ことピアニスト・外山啓介さんによる演奏が行われた。一音一音の響きが丹念に作り出される。生演奏という形でもピアノを堪能できる、魅力的な試写会となった。
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外山さんは、昨年の一月にオールショパンのアルバム「HEROIC」でCDデビュー。全国各地で行われたデビューリサイタルは完売という新人としては異例のデビューを果たした、今後最も活躍が期待される24歳のピアニストだ。181センチの長身に甘いマスクは、ハッとするほど舞台映えがする。「何をするにも、周りがスッキリしていないと嫌なので、整理整頓や掃除はこまめにしている。くいしんぼうで、たまに自分で料理を作ることもある」。普通の生活を大切にしている、気負いを感じさせない心地よい自然体な語り口に大きな魅力を感じた。
今秋よりハノーファー音楽演劇大学に留学予定。「ピアノはヨーロッパで生まれた楽器なので、ヨーロッパの季節を感じて、言葉を話して、そういう環境でやってみたいと思っていた。また、この人に習いたいと思う先生にも出会えた」。この留学が、彼にどんな影響をもたらすのか楽しみでならない。 |
| 最後に、「夢は?」との問いかけに、「人の心に、記憶に残る演奏家になること。一生、演奏家でいること」と。柔和な表情の中の、キリリとした眼差しが印象的だった。 |
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そんな外山さんは、本作の感想を「ピアニストの超絶技巧に、嬉しさや楽しさを感じた。ストーリーに、さらに俳優の演技力、特に目の力、訴える力に引き込まれた」と語った。また、ピアニストとして、ジェイ・チョウ監督の演奏を「すごくテクニカルだけど、音楽的でもある。特に即興のシーンがスゴイ!」と感心して見ていたとのこと。ぜひ映画館で味わってほしい。 |
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| 『ひゃくはち』 主演・齋藤嘉樹
合同取材 |
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『ひゃくはち』 ゲスト:齋藤嘉樹
(2008年 日本 126分 PG−12指定作品)
監督:森義隆
出演:斎藤嘉樹、中村蒼、市川由衣、高良健吾、北条隆博、桐谷健太、小松政夫、二階堂智
光石研、竹内力、ほか
【上映スケジュール】
8/16(土)〜 テアトル梅田、MOVIX京都
8/30(土)〜 兵庫:三宮シネフェニックス
そのほか、全国順次公開予定 ★
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甲子園出場を目指す名門高校野球部員の姿を描いた『ひゃくはち』。よくあるスポ根青春映画かと思いきや、これが実に瑞々しい感動に満ちた秀作で、鑑賞後には思わず拍手を贈りたくなってしまうほどの快作であった。天性の才能に恵まれたエリート選手と異なり、汗と泥にまみれながら、時に支えあい、時に競い合う2人の補欠選手(雅人&ノブ)にスポットを当てているところが本作の新味であり肝でもある。
劇場用長編初メガホンとなる森義隆が、TVドキュメンタリーの世界で培った才能を遺憾なく発揮しており、新人監督とはとても思えないハイレベルな出来映えであるのも二重の発見であった。超大作・話題作がひっきりなしに公開される今年の夏休みシーズンにあって、決して埋もれて欲しくない快作として、心の底からおすすめしたい。
この度、主役の1人である雅人を演じた斎藤嘉樹が来阪。前日夜に東京での完成披露試写会で舞台挨拶を行い、スペシャル・サポーターの桑田真澄さんと感動の初対面を果たした後、会見当日朝には甲子園で高校野球を生観戦し、更に連続するインタビュー取材に臨むという強行スケジュールであったと聞くが、疲れをまったく感じさせない元気さであった。終始爽やかな笑顔に彩られた快活なその会見の模様をお伝えする。 |
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―――今朝、実際に甲子園で高校野球を生観戦されたそうですが、いかがでしたか?
斎藤:これまでと視点が変わりましたね。これまではエース・ピッチャーやホームランを打ったバッターに注目していましたが、この作品に出演してからはベンチに控えている補欠選手の心情を考えることが多かったです。「レギュラーが怪我をしたら出番が回ってくるかも知れない」とか思っちゃうんですよ、補欠選手って。あと、応援している人たちに注目したりもしました。以前と比べて幅広く観戦するようになりましたね。 |
―――映画は初主演ですね?
斎藤:怖かったですね。(「怖い?」という声に) はい、怖かったです。そもそも、映画に主演だなんていうと、例えば小栗旬さんだとか、そういった方々を思い浮かべるでしょ? そんな顔していないじゃないですか、僕(笑) けれど、演技らしい演技ではなく、<私生活の延長>という感じでした。雅人は自分と同じだなって。そういうように森監督が導いて下さったと思います。監督に感謝しています。
―――ノブ役の中村蒼さんとは、実際に高校の同級生だそうですね?
斎藤:中村君とは会場で会うまで、同じ作品のオーディションを受けるって知らなかったんですよ。会場に行って、「あ、誰か来た!」と思ったら中村君(笑) 「一緒に受かったらいいね」って言葉を交わしたのですが、実際に一緒に受かって。「おお! 運命じゃんっ!!」って(笑)
―――斎藤さんと雅人という役柄の違いというのは?
斎藤:台本の段階でもう自分に似ていました。でも、ひとつ違うところが…。雅人は女子大生と合コンするシーンがあるんですけど、実際の自分は緊張して女の人と喋れないんです(笑) あと、自分の言葉をベースにして台本に書かれてあるセリフを自分の言葉に変えたりしたので、その辺はやりやすかったです
―――野球の練習が相当大変だったとのことですが?
斎藤:野球、未経験だったんですが、基礎からみっちりと教えてもらいました。2ヶ月間、骨の動かし方から学びました。骨の動かし方一つで投げる球の速度がグンと速くなったりするんです。けれど、その後が地獄でしたね。50人で3・4時間ランニングした直後にノックとか。8s痩せました。森監督に「最初のイメージと違う!」って叱られちゃったりも……(苦笑) 練習は一年前の夏で、撮影は秋でしたが、体から湯気が出るほどでした!!(笑)
―――映画では坊主頭でしたが、この映画のために丸刈りにされたのでしょうか?
斎藤:僕は最初から坊主でした。でも中村君は伸ばしていたので切っていました。でも、僕はいかにも丸刈りで、どちらかというと素朴な感じですけど、中村君はちょっと長めでオシャレ坊主って感じですよね(笑) |
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―――野球部の監督役が竹内力さんです。共演されてみていかがでしたか?
斎藤:竹内さん、出演されている作品からは、なんとなく怖いイメージがあるじゃないですか。でも、全然!! とにかく優しい方でした。監督(竹内)にビンタされるシーンがあるんですが、音が「バシーーーンっ!!」って凄いんです。だけど、痛くないんですよね。音は凄いのに痛くない。凄いなあって思いました |
―――光石研さんとの共演はいかがでしたか?
斎藤:光石さんは僕の目標なんです! とてもオールマイティな俳優さんですよね。自然体で、普通なことを普通な感じで演じてらっしゃる。僕もそういう俳優になりたいです。
―――タイトルの『ひゃくはち』は、野球ボールの縫い目の数だけでなく、人間の煩悩の数を示してもいますが、斎藤さんにも煩悩はありますか?
テストがあるのについついゲームをしてしまったり、遊びに行ってしまったりというところですね。 ―――森監督は本作が劇場用長編劇映画初監督となりますが、これまでにドキュメンタリーの分野で培ってこられたノウハウを大いに採り入れています。そのことがリアリティに繋がっていますが、完成した作品を御覧になっていかがでしたか?
斎藤:球場、凄いんですよ。砂埃が目に入ったり、脱水症状を起こしたり。それは、作品を見ても、素晴らしいですよね。やはりドキュメンタリーをたくさん撮って来られた監督なので。けれど、実際にこの作品を見て思ったのは、「これは野球だけを描いた作品じゃない」ということです。高校生だからこその青春ってあるじゃないですか。例えば、<人のために走る>なんていうこと、大人になってしまうとまずないですよね。高校生だからこそ、人のために、仲間のために走れるんだ、仲間のために感動できるんだって。けれど、大人の青春っていうのもあると思うんです。例えばゴルフとか。もちろん、女の人にも青春はありますよね。大人も、子どもも、男の人も、女の人も、青春を感じ取ってもらえる作品だと思います。雅人やノブより年下の人がこの作品を見て、夢を持って欲しい。年上の人は青春を思い出して頑張って欲しい。そう思います。 |
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―――スポーツがお得意とお聞きしましたが?
斎藤:好きです! 柔道、バドミントン、サッカー、バスケ、卓球、空手、少林寺拳法、キックボクシング、それから野球。10種類くらい経験ありますね。柔道では区大会で優勝しましたし、卓球では中学校時代に1年生ルーキーだなんていわれていました。あ、あと、習字! 習字も心のスポーツです!(笑) |
―――昨日、桑田真澄さんとお会いになられたとのことですが、いかがでしたか?
斎藤:桑田さん、体が細い方というイメージを持っていたのですが、実際にお会いするととても厚みがあるんですよ。「胸板厚いですね!」と言ったら、「あ、そう?」って仰ってましたけど(笑)
―――本作に出演されて、俳優としての変化はありますか?
斎藤:今回、演技はしていないですからね。けど、学んだことはもちろんありますよ。それは<間>です。監督とレギュラー選手の間、レギュラー選手と補欠選手の間、雅人とノブの間…… 雅人とノブの間は、他の仲間との間ともまた違いますし。これからは、その<間>を大切にしていきたいです。そういう<間>を表現する工夫を学びました。
作品そのままの素朴さと快活さで常に笑顔を絶やさない斎藤嘉樹。これから俳優としてどんどん伸びて行くであろう勢いと、それに伴う努力を惜しまないという堅い決意を、その柔和な表情の下に秘めているように感じた。青春期特有の煌きを彼はこの『ひゃくはち』という作品にしっかりと刻み込んでいる。決して作らず、決して飾らず。根っからの好青年という印象を強く抱いた。本作は俳優としてだけでなく、人として成長する重要なポイントとなる作品に違いない。その証拠に、彼の表情ははち切れんばかりの充実感に満ち溢れていた。その姿が、作中の雅人にそのままシンクロする。きっと、飾り立てることのない等身大の青春模様に心を洗われる方もおられるはずだ。
若さに秘められた可能性! もう一度、劇場で本作の感動を噛み締めてみたくなった。元気を与えてくれる映画、元気を与えてくれる会見。現在(イマ)という時代が最も必要としているのは、本作のような作品だと確信する。豊穣な今年の日本映画界を象徴する快打と言えよう。ナイスヒット!
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【初日舞台挨拶情報!】
本作の公開を記念して、8/16(土)に初日舞台挨拶が行われます。登壇ゲスト・タイムテーブルは以下の通りです。
ゲスト:森義隆(監督)&竹内力(製作・出演)
・MOVIX京都 AM10:20の回上映後
・テアトル梅田 PM2:00の回上映後
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| 『同窓会』 サタケ
ミキオ監督 合同取材 |
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『同窓会』
ゲスト:サタケ ミキオ監督
〜傷ついて多くの課題を背負ったときこそ
成長できるチャンス!
(2008年・日本・1時間45分)
配給 エスピーオー
監督・脚本 サタケミキオ
出演 宅間孝行 永作博美 鈴木砂羽 二階堂智 阿南敦子
8月16日(土)シネマート心斎橋にて公開
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| 人は絶好調なときほど大切なものを見失ってしまう生き物だ。本作の主人公かっつ(宅間孝行)もそう。映画で成功する夢を叶えて、初恋の相手ともゴールイン。人生は順調すぎるほどうまくいっていた。しかし、その幸運に安心したのか、成功に胡坐をかいたのか、調子にのって女優と浮気、勢いで妻・雪(永作博美)に離婚を切り出したことから、彼の人生はあらぬ方向へ回り始めてしまう。 |
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故郷へ帰省し青春時代を振り返り大好きだった雪のことや、映画への純粋な気持ちを思い出したかっつ。だが、そのとき雪の親友ヒメ(鈴木砂羽)からの電話で体調を崩した雪が病院で検査入院をし“3ヶ月”だと診断されたと連絡が入る。かっつは、最期くらい雪の“好きな男”に会わせてやろうと高校の同窓会を開くことにするが・・・。 |
| 離婚をきっかけに、主人公かっつが青春の原点に立ち戻る姿を描いた本作は、劇団
東京セレソンデラックスの主宰であり、大ヒットシリーズ「花より男子」の脚本家として注目されるサタケミキオ(=宅間孝行)のスクリーンデビュー作である。舞台でも作・演出・主演とマルチな才能を見せるサタケだが映画を監督するきっかけは何だったのか話を聞いた。 |
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「始めに同窓会をテーマにした映画の脚本を一本書いてくれと言われました。発注してきた方は僕の舞台のこともよくご存知なので、脚本の仕上がりを見て「この世界観なら自分で監督してみれば」と言ってくれたんです。でも、初監督で分からないことが多すぎて現場で戸惑った。主人公のかっつが高校時代に8ミリのカメラを回すところでも、ちょうど80年代に映画少年だった周りのスタッフたちにアドバイスをもらってばかりでした。」 |
| さらに、映画を監督して随分モノの見方が変わったと言うが、テレビドラマと映画の違いを意識したことはないと話す。「方法論が少し違うだけで、映画とドラマでジャンルが違っても何をどう伝えて観客がどう受けるかに根本的な違いや区別はありません」 |
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そして最後に「笑って泣けて最後はあったかくなれる作品をめざした。シリアスだけど終わってみればコメディだったねっていう。実はかっつが作った映画なんじゃないかって思ってもらえれば嬉しい。」と締めくくった。 |
8/17(日)、
シネマート心斎橋にてトークライブが決定いたしました!
登壇者:サタケミキオ監督、兵藤ゆき
時 間:10:50の回終了後
※詳細は劇場までお問い合せ下さい。
★【シネマート心斎橋】 『同窓会』ページ★
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| 『たみおのしあわせ』 岩松了監督の合同取材 |
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『たみおのしあわせ』 ゲスト:岩松了監督
(2007年 日本 1時間58分)
監督・脚本:岩松了
出演:オダギリジョー、麻生久美子、原田芳雄、大竹しのぶ、小林薫、石田えり
8月2日(土)〜梅田ガーデンシネマ、シネカノン神戸、
8/9〜京都シネマ ★
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この夏ちょっと変わった笑いと感動で包んでくれる『たみおのしあわせ』。オダギリジョーと原田芳雄のなんとも頼りなげな親子ぶりが見もので、辛辣な人物描写の中にも不思議な魅力にあふれた作品。本作を監督したのが、役者としても大活躍の演劇界の重鎮・岩松了。15年ぶりにメガホンをとった新作は、脚本もオリジナルで、岩松ワールドにどっぷり浸れること間違いなし! そんな独特な世界観で観客を魅了し続ける岩松監督に、お話を伺う機会に恵まれた。
――― 監督の作品で、芝居と映画に共通するところは、表面的には何も起こってないようで、じわじわっと何かが変化していくような危険性を感じさせるのが特徴かなと思いますが、如何でしょうか?
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そうですね。基本的には表にある時間はそんなに事柄の推移を教えるようなものではないかも知れない。でも、そういう時間の方が豊かなんだと考えています。問題が表に出た方が分かりやすいのですが、わかりやすい分、人間の全ては表せません。映画に限らず、「大事なことは水面下にある」と考えています。
―――『たみおのしあわせ』の脚本は最初から映画用に書いたのですか?
正確にいうと、テレビドラマとして書きました。父親と息子の話で、あのような結末になるということも変わってないのですが、周りは随分変えました。
――― 映画化しようと思った理由は?
15年前に撮った『お墓と離婚』は他の人が書いた脚本だったので、今度映画を撮る時には自分の脚本で撮りたいとずっと思っていました。でも、演劇が中心の仕事なので、たまに役者の仕事で映画の現場へ行くと、「そろそろ映画を撮りたいな」と思って、その辺ウロウロしているプロデューサーに声をかけて、「5つ映画の企画があるんだけどきいて!」と。そこで、一番引きが良かったのがこの『たみおのしあわせ』だったんです(笑)。
―――「映画の場合は、いいところの頂点をフィルムに納めることができる。そこが芝居との違いだ」と仰ってますが、今回“微妙なズレ”という岩松ワールドの特徴は活かされていますか?
どうですかね・・・角度を変えて考えると、人が動く時間と動かない時間があるとすると、僕は人が動かない時間の方がドラマチックだと思うフシがあるんです。人間だからいろんなことを感じているにも拘わらず動かない。片や感じたことをその通りに動く。動くことによってその人が何を感じたか、というわかり易さはあるものの、その動いた分ドラマは小さくなる、というのが僕の考え方なんですね。人間に10の可能性があるとすれば、簡単にその人の考えがわかってしまうと、その可能性の一部が露呈されたことになる。でも、動かない時間だったら10の可能性がそのまま残っている、持ち札自由みたいな・・・。前者は持ち札を全部使い果たしてしまって、それでおしまい。でも、動かない時間の中には10の可能性を持った人間が存在していて、そういう人間がやることには簡単な結論は出ないだろうと考えるんです。僕の場合は、それが喜劇性に繋がっているんですよ。わかりやすくなった分、笑える要素が少なくなった。例えば、バナナの皮ですべってそれが面白いか?と言うと、僕はそうは思わない。何を考えているのかわからない人間が、「さてと」と言うだけで面白いだろう、という考え方をする方なんです。「いっぱい考えているのに発する言葉はそれだけしかない」というところに、僕は喜劇性というか面白さを感じるんです。
この作品の中でも、サイクリングに行ったオダギリ君と麻生さんが、「鳥が飛んでる」としか言わないシーンがあります。他に言いたいことがいっぱいあるのにそこで喋り過ぎると、単に考えていることを説明しているに過ぎない・・・それより、二人の距離感とか、相手がそこに居るためにこうしたかったけど出来なかった、とかを読み取る方が面白いんじゃないかな?と考えます。
――― それは、映画独自の撮り方なのでしょうか?
はい、その通りです。 |
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――― 1000本ノックと言われるくらい厳しい演技指導で有名ですが、今回オダギリさんや他の役者さんに対してはどうだったのでしょうか?
すっかり厳しい指導で認識されていますが、映像の場合はそんなにやらないんですよ(笑)。撮影場所があって、そこで感じたことをやれば成立するのが映画の世界ですが、舞台の場合はそうはいかないので繰り返しやる必要がある。光の反射で例えると、映画の場合は光を当ててくれるからそんなに自分で動かなくても大丈夫なんですが、演劇の場合は自ら光を発していかなければ演技にならない。ということは自分の中で何かを創り上げていかないとなかなか辿り着けないから、そのためには1000本ノックをやらないとダメなんですよ。 |
例えば、すごく綺麗な女の人が海辺に立っているとします。前後の積み重ねがあるとしても映画ではそれで意味は通じますが、舞台ではそうはいかない。「潮風が・・・」なんて言っても「ウソだろう」ってなことになる。同じ事をやっても何も伝わらないんですよ。
――― 映画の場合は、撮り手の方がその瞬間を捉えていけばいいんですね?
そうですね、映画はそれだけで十分なんですよ。でも、演劇はね、発動機みたいにゴ〜と興していってやっと熱くなった、という状況にしていかないといけない。でも、映画はそのままの温度でやれるんですよ。
――― キャスティングについては?
原田さんとオダギリ君は当初決めていました。二人にはどうしてもやって欲しかった。僕は原田さんの大ファンでして、お芝居も見に来て下さっていて、ずっと以前から一緒にお仕事したいと思っていました。オファーしたら受けて下さったんです。オダギリ君も同じです。瞳の役は麻生さんがいいなと考えていたんで、『時効警察』で共演したオダギリ君が麻生さんに、「話が来たら受けた方がいいよ」と声を掛けてくれてたんで助かりました。
――― オダギリジョーがいいなと思った理由は?
原田さん程古くはありませんが、知り合いだったんで、やはり一緒に仕事をしたいと思える役者さんでした。スケジュールもタイミングが良かったので、ついてましたね。
―――『時効警察』の三木聡監督も出演されてましたが・・・。
彼は現場で楽しんでいましたね。「これでいいのかな」と言いながら芝居してるのが楽しくてしょうがなかったんじゃないかな。僕が三木さんの『転々』に出た時に、「今度僕の映画に出てくれる?」と。ところが、「衣装は普段着でいいです」と言ったのに、「アロファシャツをいっぱい持ってるんで」って現場に5着ぐらい持ってきて、「どれがいいですか?」なんてね。
――― 映画『卒業』へのこだわりは?
発想はそこにあります。高校1年生の時に観て、時にふれて思い出す作品ですね。『卒業』に関連しているシーンをいろいろ解釈している人はいるらしいけど、それはそれで面白いかも。
――― 大竹しのぶさんと石田えりさんの両極端なあの表情は強烈でしたが、具体的にそういう女性が周囲におられるのですか?
いやそういうわけではありません。あんな風なめんどくさいイヤな女が好きなんですよ(笑)。何を考えてるか分からない女とか、簡単に裏切る女とかね、勿論創作上です。
現実にはもっと簡単な女性がいいですけど(笑)。 |
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――― 今回ダメな感じの男性が出てきましたが・・・。
男より女の方が人間としての存在が大きいように考えます。男がどんなに格好良くても、多分女には負けていくだろうな、と。逆に小さい人間だと見せる方が、意地の悪い女には拮抗できるような気がするんです。バランスなんですよ。普段持ち得ない男を描くのも好きなんですけど、それでも所詮女には負けていくような気がしますね。 |
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オダギリさんと原田さんの親子像については?
家庭の中に非常に大きな存在の母親が居ない状態というのは、二人の存在がひときわ小さく見えます。その小さい存在の者同士が常に喧嘩している。その喧嘩する下地は何かというと、甘えられる関係だと思うんです。お互いにぶつけ合えるという関係があの家のルールになっていて、そのルールの中で二人は泳いでいるんです。それが一つ外の世界に出たときに、世間と折り合いが付けられるの?どうなの?大丈夫なの?ということを問うたのがこの映画なんですよ。
もう一つ別の家庭を生み出す力がこの二人にあるのか?ぶつける、甘える、あういう形で喧嘩するということが、多分愛情に近いものがあるような気がします。お互いに許し合っているものがあるし、甘えさせてもらっているものがあるし、だけどその中で精一杯相手を責められるという心地よさの中で生きている。そういう二人を喧嘩させて、それを何となく見守っているのが今は亡き母親ということに・・・。
だから、結婚とは何かを問うたものというよりは、むしろちょっといびつになってしまった家庭の規範の中で生きていく父親と息子の視野の狭さというか、そんな二人を見て「馬鹿な親子だな」と見ているあなたも同じ定めだよ、と絶えず問いかけたい。人間ってある社会から逃げ出せないと思っています。その一番小さい社会が家庭であり、次が学校や会社となっても、その規範の中で生きていくわけだから、他へ行った時に感じる違和感や新鮮さ、僕も他所の稽古場に行った時に感じた意外性など、人は規範の中から逃れることはできないと考えます。この親子が狭い視野の中で生きていると自覚しているとは思えない。非常に広い視野の中で精一杯生きているけど、こうして客観的に見せられるとそんなことはない状況にあるということに気づき、そう言っている私も同じ定めにあるという意味で、この二人は普遍的なんですよ。
――― ラストシーンに向かっての構成は?
前もって考えず、書きながらここはこうした方がいいという感じです。試写でも皆あのラストにびっくりしてましたが、僕の中では意外なことではなく、ごく自然な流れなんです。
――― 結婚の位置づけは?
勿論、結婚した方がいいですよ。いろんなことを経験できるから。
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ひとつのシーンでもちゃんと意味がある。よく考えて撮っている。ごく当たり前なことだが、無意味なシーンを連ねてはテレビと変わらないドラマを量産している昨今の邦画界においては、大変貴重な映画監督と言えるだろう。その演出の意味が理解できると、益々『たみおのしわせ』が魅力的に見えてくる。側で拝見していて、質問の度に監督の思考回路が音を立てて働いているようにも感じられた。それ程よく考えてお話をなさる方で、こちらも“一言一句聞き逃したくない!”という欲が出る。そんなインタビューはそうそうあるものではない。
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| 『スカイクロラ』舞台挨拶 |
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『スカイ・クロラ』 舞台挨拶
ゲスト: 押井守、加瀬亮、西尾鉄也
(2008・日本/121分)
配給 ワーナー・ブラザース映画
監督 押井守
脚本 伊藤ちひろ
原作 森博嗣
声の出演 菊池凛子 加瀬亮 谷原章介 栗山千明 8月2日(土)〜梅田ブルク7,なんばパークスシネマ、MOVIX京都、OSシネマズミント神戸 他全国ロードショー
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【STORY】
「平和」を実感するために“ショー”としての戦争が行われている、とある時代。戦闘機に乗るパイロットは、空で死なない限り永遠に思春期の姿のまま生き続ける「キルドレ」と呼ばれる子供たち。そんなキルドレのひとり函南優一は、欧州の前線基地「兎離洲」に配属される。彼に赴任以前の記憶はないが、指令官のクサナギ・スイトを始め、基地のメンバーは彼を知っているようだった。やがて、優一が始めて戦いに出る日がやってくる。
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世界の映画監督にインスピレーションを与え続ける日本きってのアニメーション監督・押井守の最新作。発行部数1000万部を突破するベストセラー「スカイ・クロラ」シリーズで描かれる永遠の子供たち“キルドレ”の運命をテーマに「生きている意味」を問いかける。
公開を前に大阪で行われた試写会の舞台に、監督の押井守、主人公・函南優一に声をあてた加瀬亮、作画監督の西尾鉄也の3名が登壇した。 |
―――加瀬さんは今回声優初挑戦いかがでした?
加瀬:最初は戸惑いもありましたけど楽しかったです。普段は身体を使って正解を探していく作業。それがマイクの前に立って声だけでと制限されたときに、非常に窮屈に感じましたね。でも、監督が後ろから見ていた分にはすごく動いていたようですが…。
押井:普通の声優さんと比べると遥かに動いてました。何をやっているかはよく分からないけど、「あっ、また動いた」って。本当はノイズが入るのでやめて欲しかった(会場笑)。中には声優さんでも動く人はいるんですけど、加瀬君の場合は悶えてるというか・・・。空を飛ぶシーンでは酸素マスクを付けてアフレコしたのですが、マスクをすると急に自信が出てくるみたいで。役者さんは小道具があるとやりやすいのかな。
加瀬:何故か分からないけど、マスクひとつでかなりやりやすくなりましたね。
―――ここは苦労したというシーンはありますか?
加瀬:地上での何気ないシーンでの何気ない会話の距離感が掴みにくく戸惑いました。
―――押井監督、加瀬さんの演技はいかがでした?
押井:“しつこい”。(会場笑)加瀬くんは納得しにくい体質。役を作ることに真摯で疑問の多い人。役者さんって思いこみが激しくて、こうだと思うと修正のきかない人が多いけれど、加瀬君はその逆で客観的に自
分を見ている。おなかの中に演出家がいるタイプですね。納得するまでやる。つらいアフレコでした(笑)
―――加瀬さん、アフレコは納得できましたか?
加瀬:映画を見て今は納得しています(笑) |
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―――西尾作画監督、作られたキャラクターに加瀬さんの声はどうでした?
西尾:絵を描いている時は、声のイメージがなくてフィルムをチェックするときも無音状態でクオリティを高めていくという作業なんですけど、加瀬さんの声が入って完成したフィルムを見たときに。「あっ、函南優一(加瀬の役名)ってこういうキャラクターだったんだ」と再確認しました。最後のひと筆、加瀬さんによって絵が完成した感じでした。 |
―――ロケハンでは、アイルランドやポーランドに作画のために行かれたとお聞きしました。
西尾:はい、むさい男ばっかりで12日間くらい行ってきました。監督はいつもローテンションな感じなのですが、ポーランドに入った途端、急にはっちゃけだして(会場笑)スタジオにいる時とのギャップに周りがドン引きしていました(笑)。
―――監督、そんなにテンションあがったんですが?
押井:僕はそういうつもりはないんですけど、なんか懐かしい場所に帰ってきたみたいで好きなんですよ。日本にいるより向こうにいるほうがラクチンで。あっちでは、ほとんどバスに乗っての移動なので、退屈だから“しりとり”やったり。いつもは「映画しりとり」とかだけど、今回はスタッフが若かったので「芸能人しりとり」をやったんです。でも僕、誰も分からなくて毎回「それ誰?」って。最初はみんな丁寧に教えてくれるんだけど、段々軽くあしらわれるようになって・・・。それが印象的でした(会場笑)
―――映画に描かれる「キルドレ」がどういう存在か、それを通してどんなことをみなさんに伝えていきたいですか?
押井:言葉で説明すると簡単な言葉になっちゃうんですよね。でも簡単な言葉だから分かるかというと、実はよく分からない。だから映画にして観てもらう必要がある。人生とは、いかに生きるかという前に“いかに耐える”か。そこからしか始まらないんだということを言いたかった。あとは観て頂くしかないです。僕自身が感じた「生きること」ってこういうことじゃないかと。それを込めたつもりです。
西尾:僕は自分もまだキルドレみたいなもんかなと思います。大人になりきれていないって、もう40歳なんですけど(笑)。劇中に「君は大人になりたいかい?」って言葉があって、アニメでは「分かんない」って答えるんですけど、僕なんかははやく立派な大人になりたいなと常々思ってます。だから、キルドレとは?って当事者過ぎてうまく説明できませんね。
加瀬:僕は実際その役を演じさせてもらって、共感をもって理解しました。年齢関係なく多くの人に当てはまることだと思います。
―――加瀬さんは「君は大人になりたいか?」と聞かれたらなんと答えますか?
加瀬:僕は、早く年を重ねてラクになりたいです(笑)
―――押井監督、年を重ねて楽になりますかね?
押井:めちゃくちゃ楽になりますよ。自分がこうありたいとか、こう見せたいとか、こういう風になればいいなとか。そういうものから開放されてあるがままの自分、見栄も外聞も何にも無いただのオヤジになれるって、こんなにラクなのかと。女の人の顔だって真正面から見られるぞと(笑)若いときは、がんじがらめで苦しかったですよね。自分に対する過大評価や過小評価。自分と格闘しているのが若さですから。色んなものを諦めるしかない、そういうものの果てに自分の正体が分かる。それが大人なんですよ。僕はだから今ようやく大人になったかなと。また子供にはなりたくない。でも、逆に大人になればなるほど、子供のフリして生きることも可能です。こんなにいいことはないです(笑)。 |
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―――では、最後に加瀬さんより関西のファンへのメッセージを
加瀬:この作品は、押井監督がたぶん初めて真っ直ぐに作った映画だと思うので(会場笑)素直に受け取って欲しいと思います。よろしくお願いします。 |
| 永遠の命と引き換えに思春期のまま大人にならないキルドレと、平和ゆえ生きている実感をもてない現代の若者が重なるという押井監督からのメッセージは、厳しいようでとても優しい愛が込められている。ポーランドやアイルランドのロケハンが生かされた映像の美しさはケチのつけようがないし、3DCGによる戦闘シーンも実写に大差ない迫力だ。音楽も川井憲次『リング』、脚本は伊藤ちひろ『クローズド・ノート』、声優は加瀬亮『それでもボクはやってない』菊池凛子『バベル』と実力派ヒットメイカーが揃うところにも注目したい。「もう一度生まれてきたいと思う?」と問われ言葉につまる若者にこの映画をおくる。 |
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| 『火垂るの墓』記者会見 |
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『火垂るの墓』記者会見
ゲスト: 日向寺太郎、吉武怜朗
(2008・日本/100分)
監督 日向寺太郎
原作 野坂昭如
脚本 西岡琢也
出演 吉武怜朗 畠山彩奈 松坂慶子 松田聖子
8月2日(土)より梅田ピカデリー、布施ラインシネマ10、MOVIX京都、神戸国際松竹にて夏休みロードショー
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空襲で孤児となった幼い兄妹の儚き命と絶望から、弾に当たるだけが戦争の被害者ではないという当時の混乱と苦しみを描いた不朽の名作『火垂るの墓』。野坂昭如の半自伝的小説を黒木和雄監督の愛弟子であり『誰がために』で監督デビューした日向寺太郎が実写化。
8月2日(土)の公開を前に日向寺監督と、主演の清太役を努めた吉武怜朗が来阪した。
「4歳と14歳で生きようと思った」。高畑勲監督がアニメ化したスタジオジブリ作品『火垂るの墓』はあまりにも有名だが、その作品を前にプレッシャーはなかったのか、またどう新たなアプローチをしようと思ったのかその心境を聞く。 |
―――「火垂るの墓」という名作を実写化するプレッシャーはありましたか?
監督:プレッシャーは大きく分けると3つありました。1つ目は、戦争体験のない人間がその時のことを描けるのかと。戦争に関しては他ジャンルより重いものがありますし、黒木さんが師匠だというのが大きいのかもしれません。2つ目は、非常に多くの方が観ているアニメーションのイメージに勝てるかどうか。3つ目は、僕はこれが2作目で監督経験が浅いので、子供主役の映画をうまくできるかどうかと悩みました。
―――アニメとの違いをはかろうとしたのは、どんな部分ですか?
監督:まず、清太のキャラクターをハッキリさせたいと思いました。原作でもアニメでも気になっていたのは、清太が優等生すぎること。優しいお兄さんである以外に、鉄棒がよく出来たりとある意味万能選手なんですよね。そこをもう少し不完全な人間にしたほうが観客は共感しやすく、入り込みやすいのではと脚本家の西岡さんとも話し合いました。そこで喘息を持っていることにすると、お父さんは軍人なのに軍人になれるかどうか分からない。そこである種の屈折を強いられる。一方では、ドジョウすくいのようなおどけたこともできると。そういう風に清太を弱い部分もある不完全なキャラクターにしたいと思いました。 |
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―――吉武くんは脚本から役に入り込んだんですか?
吉武:脚本を読んで、アニメを見て、松嶋奈々子さん主演のドラマを見ました。実はオーディションに受かるまで「火垂るの墓」って題名だけで内容は知らなかったんです。アニメも見たことなくて“泣ける”ということしか知らなかった。なので、演じる上でアニメやドラマに固執することはなかったです。 |
―――吉武くんは学校でこの映画について話したりしましたか?
吉武:先生に「今度『火垂るの墓』でるんだって?面白いの?」と聞かれて「ただ面白いわけじゃないです」と語り始めると先生どっか行っちゃうんですよね(笑)伝えたいことは山ほどあります。深い友だちには、思っていることを言ったりもします。けど、今の高校生は戦争を考えるより、恋愛や遊びが優先じゃないですか。だから、戦争を題材としたこの作品を伝えられるのかなと不安になります。
―――イジワルなおばさんを演じた松坂慶子さんの演技が秀逸でした。
監督:松坂さんをキャスティングしたのは、単なる憎まれ役にはしたくなかったからです。いかにもイジワルなキャスティングをしちゃうと面白くない。亡くなった旦那さんから遅れて手紙が届く場面でも、おばさんが根っからのイジワルじゃないということが分かります。松坂さんのキャラクターが生かされていました。
―――松田聖子さんを母親役に起用したことについてはいかがですか?
監督:母親は出番の多い役ではないです。でも、清太と節子にとって母親が死んだことはすごく大きいわけで、観客に役として印象に残らないとまずい。それを踏まえて、華やかさと母性を感じさせる人がよかった。プラス、意表をつくキャスティングを目指しました。
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―――ドロップのシーンをあえて強く描かなかったのはなぜでしょう?
監督:原作には缶に骨が入っていたというだけで、ドロップの存在はほぼアニメのオリジナルです。そこを誇張するとアニメをなぞるだけになってしまう。本当は、ドロップやめちゃいたかった。でも、そうするとアニメファンの期待を裏切りすぎるかなと。なので、最低限裏切らない程度に入れています。 |
―――ラストに新たな解釈を加えた経緯を教えてください。
監督:ラストは、最初から原作やアニメとは違っていましたが、撮る準備を進めるうちにこの映画の中で清太は死なない方がいいとハッキリ思ったんです。それは何故かというと、これは私の推測ですが、原作が出版された40年前では清太が死んで終わっても「そういう人もいたね」と考える人が多かったのではと。今回そう描くと“遠い昔の可哀想なお話”としてある種完結してしまうと思った。「火垂るの墓」に携わるまで63年前って遠い昔のことだと思っていました。でも、戦争で亡くなった人のことを考えるようになって、多くの死者の上に現代があると思えてきた。そこが、最後の清太とダブって見えないかなと。ラストを変えたのは時代の問題でもあります。 |
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―――吉武くんは“どじょうすくい”がとても上手でしたね。
吉武:今回は「どじょうすくい」と「口三味線」と「剣道」をひと月のあいだに習得しないといけなくて大変でした。どじょうすくいは踊りを完璧にマスターするのも難しいのに、それを口三味線で歌いながらこなすのは短くても4年はかかるといわれてビックリしました。でも「やってやろう!」という気持ちで徹底的に練習して、撮影のときには指導してくれた名人の方も驚いてくれました。 |
監督:彼の身体能力や集中力はすごいものがあります。剣道で手ぬぐいを頭に巻くシーンも、簡単そうに見えて実は難しいんです。
―――節子役の畠山彩奈ちゃんとの裏話があれば教えてください。
吉武:宿舎が一緒で、撮影終わったあとに遊んだりとか、バスのなかで台本を読んだりしました。楽しそうに読んでいるのに、本番ではちゃんと元気のないようになるのでスゴイなと(笑)
監督:彩奈ちゃんは、セリフは覚えてくるけど他に面白いことがあるとそっちを見ちゃうんですよ。カメラが動くとカメラ見ちゃう(笑)一番テイクを重ねたのは長回しで食べ物の思い出話をするところ。あそこはカット割りたくなかったので10テイクくらい撮影しました。
本作を手がけて63年前と距離が縮まったと監督は言う。戦争を再現するのではなく、その過去を受け取りどう表現するかに力を注ぎ、原作発表から40年後の今、もうひとつの新しい「火垂るの墓」を完成させた。生きる光りが奪われ徐々に衰弱していく節子の命をホタルの儚さとリンクさせ、その悲しみを乗り越えてなお生きる清太の背中には希望と日本の秘めた強さが表されている。戦争体験を未来へつなごうとした試みは実写版ならでは。その結果には本作の企画をあたためていた故・黒木和雄監督も満足していることだろう。
現在NHKの連続テレビ小説「瞳」にレギュラー出演中の吉武怜朗の静かな熱演にも注目して欲しい。素顔は小さな子にも優しく接するいいお兄ちゃん。家ではたくさんのペットを飼っていて、部屋にもハムスター、リス、レミング、モモンガ、イモリなどなど9匹もいることを教えてくれた。そのさわやかさの裏側には、演技へのこだわりと情熱も感じられる。とても真面目に俳優に取り組んでいる今後の彼の活躍にも期待したい。 |
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| 『歩いても 歩いても』 合同インタビュー |
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『歩いても 歩いても』 合同インタビュー
ゲスト:是枝裕和監督、阿部寛さん、田中平くん
監督:是枝裕和(2008年 日本 1時間54分)
出演:阿部寛、夏川結衣、樹木希林、原田芳雄、田中平
7月19日(土)〜梅田ガーデンシネマ 京都シネマ シネカノン神戸
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はじめに是枝監督から短い挨拶があり、和やかなムードで会見が始まった。
<是枝監督 談>
ぼくにとっては特別な、非常に近いところで作った特別な映画で、たくさんの方に観ていただきたいと思いますので、是非よろしくお願い致します。
――― 監督にお伺いします。今回ホームドラマということですが、何かしら各人が寂しげに見えたのですが、それは意図されたところなんでしょうか?
寂しげに描こうと思ったわけではなかったんですが、かなり今回は自分のなかにある非常にダメな部分とか、小さい部分を重ね合わせて、また、
亡くなった母親の残酷な部分とか辛らつな部分とか、それでいてカラッとしている部分、 仕事を辞めたあとの父親の所在無げな様子を思い出しながら創りました。
僕が父親と母親を両方亡くしているので、もういなくなってしまった人をみつめる視線が寂しげだったのかもしれないと、今、言われて思いましたね。 |
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――― 阿部さんに伺います。今回の役柄についてどう思いましたか?
久しぶりに普通の人っていうんですか、最近ちょっと変わった役柄が多かったもので・・・・・ 是枝監督のお仕事をいただいて、僕でいいんですかって聞いた位、僕としては新鮮で嬉しいオファーでした。
良多っていう人物は本当に普通の、小さい男なんですけれども、今回、素晴らしい共演者に恵まれて皆でひとつの家族を作れた、というのが僕の宝になりました。 |
―――監督から阿部さんに役作りの上で何かアドバイスされたことは?
きっちり書いた脚本だったので、その本を二人の間に置いて、僕と阿部さんでその役柄を作っていくための、このセリフはどういう気持ちで言うとか、そういうことをかなり細かくクランクインの前にやりました。
―――阿部さんはいかがでしたか?
撮影に入る前に、ホン読みを2回ほど全キャストでやったんですけど、
それが終わったあと、2,3確認しておきたいんですけどって、監督と二人で別室行き2,3聞くつもりだったんですけど、色んなことを聞いているうちに、結局全部頭から読み合わせし直しました。
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――― 阿部さんにお伺いします。主人公に感情移入された部分は?
セリフがすごく自然で、みんな心の中でわかるわかるってセリフが多かったです。だから、やりやすかったですね。
僕も自分の家族には甘えがあったりしますし、そういう男として小さい部分を出していくっていうのも役者として好きな方なんで、今回本当に楽しくやらせていただきました。
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―――
おいしかった料理とか、とくに気に入ったものは?
田中くん:お寿司とか、おいしかったです。あとは・・・豚の角煮です。
阿部さん:とうもろこしの天ぷらです。初めて食べたんですけど、懐かしい感じがしておいしかったです
是枝監督:あれはうちの母親が実際に作ってた料理です。
――― いつ、どんなきっかけでこの作品を撮ろうと思われたのですか?
おととしの秋に母親が亡くなりまして、入院期間が長かったので、病院に通っている間に母親と昔話をしたり、こういうこともしたかったな、みたいなことを反芻する時間があって、ふっと亡くなってしまったもんですから、最後に過ごした時間に思い出したことをまとめないと先に行けないかなと思って、2ヶ月ぐらいかけて脚本を書きました。
そして、その翌年、去年の夏に撮影に入って、自分としては非常に早いペースでこのスタッフ・キャストででき上がったこと、幸せに思っていますね。
――― セリフは実体験から?
実体験の部分もあるんですけど、自分のことをそのまま映画にしても映画にはならないと思っていたので、キャストが入った上で一緒に創り広げていった、出発点としては自分の中の記憶でも、着地点としてはその人の個性とか言い回しをかなり頂いて作りました。
―――監督にお伺いします。阿部さん演じる良多が父親の誘いをさらっと流してしまうシーンがありますが、そこにもう少し父親に対する思いやりのニュアンスを込めようと思われませんでしたか?
そういうもんだ、って言っちゃうと冷たいかもしれないですけど、気がついた時には間に合わないもんだな、という間に合わない映画だと思って作ってました。
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――― 阿部さんをキャスティングしたのは?
阿部さんが演じられているのを観て、ということではなかったのですが、今回演って頂いて、やっぱり阿部さんしかいなかったと思いました。直感で選びましたが、直感で選んで外れたことはないので。正しい選択だったと自信をもっています。
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―――
いちばん好きなシーンは?
(阿部さん)
樹木さんと夏川さんと平とでお墓参りに行くシーンがあるんですけど、息子と母親(樹木さんと阿部さん)が二人で歩くシーンがすごく印象に残っています。老いた母親が息子のベルトに手を掛けて自分を引っ張っていってもらうっていう、シーンです。
(平くん)
ファミレスでジンジャーエールとコーラを混ぜて飲むシーンです。
(監督)
ジュースを混ぜるのは平を見て書いたんです。お母さんが平をそうやって叱ってたんです。それを頂きました(笑)
――― 是枝監督にお伺いします、タイトルに込めた意味は?
この歌好きなんだよね。(「ブルーナイト・ヨコハマ」いしだあゆみ *劇中でも使われています) 僕が子どもの頃見てたテレビですごく印象に残っているんです。60年代の終わり、7つか8つの頃に聴いた曲で、この“歩いても歩いても”っていうフレーズが好きで、いつかこのタイトルを使った作品を作りたいなと思っていたんです。
――― 撮影中、カメラが回っていないときの親子のエピソードがありましたら教えてください
(阿部さん)
去年の夏は暑くて、セミが大発生して、平と一緒にセミ取りして、20匹ぐらい獲りました。夏川さんと僕とで平を取り合ってました。本編ではちょっと距離のある親子関係なんですけど、実際にはすごくいい関係でした。
一言一言区切るように言葉を選びながら語る阿部さん。穏やかでありながら正確な表現を常に探そうとする是枝監督。二人は何か共通した雰囲気を持っていた。まとっている空気が同じ、と言えばいいのだろうか。質疑応答をみていると、時おり監督が阿部さんの言葉を補う場面もあり、脚本も書かれた監督からすれば当然かもしれないが、“良多”というキャラクターを媒介に二人が結び合っているということが強く伝わった会見だった。
一方、平くんは終始自然体。そこにいるだけで微笑ましく、みんなに可愛がられた撮影風景が眼に浮かぶようだった。子どもを自然に撮ることに定評のある監督だが、今回は老夫婦を軸にした家族の物語だ。それもとびきりの個性派揃い。しかし、決して個性を殺しあうことなくリアリティを追求する監督の姿勢は変わらない。老いてゆく両親、すれ違う思い。「間に合わない映画」それが物語の完成形だとわかっていながら、それでも何かひとつでも間に合わせて欲しい、と詮ないことを考えてしまったのは、それが、非常に身につまされたからだ。監督の思いがキャストそれぞれの思いになり、かりそめの家族は真実の輝きを持って私たちに限りある時間というものを教えてくれる。 |
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| 『ヤーチャイカ』 舞台挨拶 |
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『ヤーチャイカ』
ゲスト: 香川照之さん、尾野真千子さん
(2008年 日本 1時間10分)
監督・脚本・編集:覚和歌子、谷川俊太郎
原作・語り:覚和歌子
出演:香川照之、尾野真千子 公開中 シネ・ヌーヴォ(九条)
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1963年、人類初の女性宇宙飛行士テレシコワが、宇宙船から地球に送ってきた交信の最初の言葉は「ヤーチャイカ」。「こちら、カモメ」という意味のロシア語。広大な宇宙の中で地球を見つめながら、テレシコワはどんなことを感じていたのだろう。
詩人、覚和歌子の「ヤーチャイカ」という物語詩をもとに、同じく詩人の谷川俊太郎と覚の二人が監督となり、写真映画をつくりあげた。風景や人物の写真を積み重ね、覚の語りと音楽だけで構成。自然に抱かれ、人間の暖かみに触れて、生きる力を取り戻す男と女の再生の物語。動かない写真によって「目に見えないものへの通路」を開き、宇宙や命のつながりを感じさせようという、二人の詩人の試みに加わったのは、俳優の香川照之さんと女優の尾野真千子さん。
5月31日の公開初日、お二人が舞台挨拶のために来阪。挨拶に先立ち、合同インタビューが行われた。 |
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―――――この映画について、まず一言お願いします。
香川:写真だけで、何も動かず、70分続くということで、最初はどうなることかと思いましたが、出来上がった作品を観て、逆に70分も観客の心を惹きつけられるわけを知りたくなりました。実験的な試みをした谷川監督、覚監督の心意気に拍手を贈りたいと思います。 |
尾野:私たちはどんな詩の世界に行くのだろうという思いで一杯でした。写真を撮られていたという気は全くせず、動き合い、見つめ合って…、映画を撮っていた気がします。できあがった作品を観て、とても不思議な気持ち、すごく柔らかい感じがして、これが「感じる」ということなんだと思いました。
―――――普通に演技をしていたのですか?
香川:谷川さんが、テレビ番組のインタビューで「僕ほど言葉、言語というものを信頼していない人間はいない。言葉が本当に持っているのは何なのか。いくらにじり寄っても逃れてゆき、表現しきれず、伝えきれない。だからこそ、どうにかねじふせようとして70年近くも言葉とつきあってこれた」と話していた。
これを聞いて、俳優が、台本という言葉から解放され、一歩先に行こうとするのと同じことを、谷川さんもやっているのだと思いました。俳優がやってきた作業と谷川さんが言葉に込めた作業がすごく似ていると感じ、この人は“映画”を撮る人だと安心した。そのときに、映画のつもりで動こう、カメラマンが困るくらい動いてやろうと考え、写真でないとできないことも含め、いろいろ実験してみようと思いました。
―――――写真でしかできない、というのは例えばどんなことですか?
香川:最初の僕が野原を歩いてくるところで、写真として使っているのは数枚ですが、実際には、声も届かないぐらいずっと離れたところから、10分くらいかけて歩きました。延々と歩いているうちに気持ちも乗ってきて、近づいた時にはすごい顔になっていた。映画のフィルムだと時間が長過ぎて、フィルムが途中でなくなってしまって、できない。写真なら、撮りたくなければ撮らなくていい。そういう写真でなければできないことも含め、映画よりもっと自由に、どう動いてもよかったので、緊張感もなく、おもしろかったです。
―――――ほとんどお二人だけの出演ということで、いかがでしたか?
尾野:男女で絡み合うシーンがあり、どうしていいかわからず、香川さんが、僕にまかせてくれと言ってくださって、心強かったです。
香川:あのシーンは大変でした(笑)。二人で絡んでいる中にカメラマンが入ってきて、上からシ−ツがかかっている中に3人いるという・・(笑)。パソコンの画面で見ている谷川さんからいろいろ言われながら、不思議な、ありえないような感じでした。 |
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―――――苦労したところは?
香川:谷川さんが雨男で、撮影現場で天気が晴れず、苦労しました(笑)。
尾野:絡ませてもらう前のドキドキ感をどうしよう、どう触れたらいいのか、いろいろ考え、聞いたりして動きました。
香川:僕は、台本もあったし、セリフもあったし、自由に動くと決めていたので、枠にはめられる苦しさも全くなく、思いきってやって、監督に見せることができました。谷川さんが、最初だけは、形式的に「用意、スタート」と言っておられたのに、途中から恥ずかしいと言って止めてしまって、それをまた言ってもらうのに苦労しました。 |
| ―――――普通の映画と比べ、写真映画はどうでしたか?
香川:写真映画というのは、体験としてすごくおもしろかったです。全部、リアルにいこうということで、筍を食べて手が切れるシーンも、カッターナイフで切ろうとしてうまく切れないと、谷川さんが「本当にそんなことするのですか」と心配された。本当に手を切って血が出て、撮影し、フェイクじゃない、ということも含めて谷川さんに見せました。これが普通の映画なら、ちゃんと血糊でごまかしていたと思うんですが、とてもエキサイティングな体験でした。
―――――谷川さんへの尊敬の気持ちも大きかったのですね?
香川:小学生の頃、谷川俊太郎という5文字が国語の教科書の最初に載っていました。僕が、今、息子に読んでいる「にじいろのさかな」という本にも谷川俊太郎訳と書いてある。僕が子供の頃から、親になっても、あの5文字がひたひたと回りにあるわけです。その人が、目の前で「用意、スタート」と言っているのは、尊敬をこえて、本当に不思議な、それこそ宇宙的なめぐりあわせのような気がしました。
谷川さんは、『東京オリンピック』(総監督:市川崑、1965年)の脚本を共同で書き、製作の現場も経験されたのですが、すごく気を遣って嫌だったそうで、その時、二度とやるまいと誓ったそうです。それから40年、僕の人生分の歳月をかけて、やっと谷川さんが映像に戻ってこられたわけで、あとはどんどん撮っていただきたい。役者はおもちゃで、好きにつかっていい、ということを十分提示したつもりです(笑)。
―――――「宇宙」や「人間の営み」というテーマについて、どう感じましたか?
尾野:撮影の間、「宇宙」という言葉を頭の中にずっと思い浮かべていました。
香川:覚さんと谷川さんが詩の朗読会の中でずっと追求されてきたテーマだと思います。谷川さんもあれだけ言葉と格闘し、神秘的な世界(段階)に達していて、僕は僕で、監督とは別のところに立とうと思いました。つまり、神秘性を求める監督の下で、僕は、そういうことを知らされないまま、ただ監督に動かされればいい。
人間の心は100%開けばそういう神秘的な境地にいく、それを言葉で説明する側なのか、肉体で見せる側なのかといえば、僕は後者の役割。谷川さんの前で演技をし、人間はこんな感じで、わあっとなるところを見せ、そう感じとってもらえればいいと思いました。 |
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【ここから舞台挨拶】
香川:写真という止まったものを撮るためにこちらが止まる必要は全くない、止まったものを撮るからこそ、撮れないぐらい動いてやろうと思い、映像ではできないほど自由にやって、おかげさまでいい作品になりました。
尾野:谷川俊太郎さん、覚和歌子さんと出会えて、一緒に作品をつくることができ、感激というか、すごいことをしてしまったなと思っています。あの人たちの頭の中はどうなってるのだろうと今でも思うくらいすごい人でした。皆さんに伝わったかどうか今、不安で一杯です。 |
―――――監督が二人おられますが、どう分担されたのですか?
香川:撮影現場はおおむね谷川さんが仕切っていて、編集では覚さんが仕切り、お二人は編集でものすごい喧嘩をされたそうです。
谷川さんは全く怒らない方でしたが、編集は大変だったみたいです。写真は、時間軸を全く逆にしても、どうとでも自由につなげられる。映像だと成立しないことが、写真だと成立する。
結局、1万枚、写真を撮って、9千枚捨てたらしいので、ほとんどが無駄です。膨大な枚数からどれをとるか、やる気になれば、編集は一生かかってもできるぐらいで、いつまでにと決められていたからこそできたと思います。
―――――観客へのメッセージをお願いします。
尾野:一度観ただけでは理解できなかったところがたくさんあると思いますので、2回でも3回でも、観てください。(会場笑)きっといろんな、おもしろいことが見えてくると思います。私もずっとまじめな顔をしているわけではなく、休憩中に撮られた写真で、映画になっているものもあります。そういうのを見つけたりして、楽しんで観ていただけたら嬉しいです。
香川:映画っていろいろあると思うのですが、圧倒的に映像で見せられる映画というのは、おもしろかったとか、すごかったとか、観客が受身になります。
この映画は、写真と写真の合い間とか、写真を観ながら、全然違うこと、自分のことを考えたりして、映画から離れても、またちゃんと話に戻ってこれて、ストーリーがつながっているという不思議な作品です。映像でつながれている普通の映画の方が、ストーリーがわからなくなったり、眠くなったりします。ストーリーも谷川さんがよく考えられたので、ここまで持ってこれたのだと思います。
こういう映画もあるんだということを、一人でも多くの方に知っていただきたいし、谷川さんにぜひもう1本撮ってほしいと思います。
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この作品の魅力について、「高速道路で運転中、どうしても眠くてインターチェンジで仮眠をとろうと車を止めた瞬間、眠さがなくなることがある。この映画はそれと似ていて、映像を見せつけられれば見せつけられるほど眠たくなる映画が多い中で、止まったものを延々と見せられることが、意外に眠くならない、という不思議な体験」とわかりやすい例えで話してくれた香川さん。ユーモアをまじえた語り口に、会場は笑いであふれていました。
写真映画と聞いて、動かない映画?と怪訝に思われた人も多いかもしれません。しかし、朗読の心地よい響き、表情豊かな俳優達の写真、美しい風景写真に浸るうちに、いつしか、写真と写真の合い間からゆったりとした余韻が生まれ、心地よい世界の中で、想像の翼を広げることができます。最後に朗読される「ヤーチャイカ」という詩も美しく、心に残ります。
尾野真千子さんの、伝わったかどうか不安で一杯、との舞台挨拶の言葉に、客席から「伝わりましたよ」という優しい女性の声が返って来ました。続いて会場は暖かい拍手に包まれ、このことは、映画を観た方々の率直な思いを伝えるエピソードだと思います。
写真は動きません。でも、観客一人ひとりの心の中で何かが動き出すはず。意外に豊かですてきな世界を味わいに、ぜひ映画館に足を運んでみてください。 |
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| “チャン・チェンとの夕べ” |
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〜おおさかシネマフェスティバルスペシャルイベント〜
『呉清源
極みの棋譜』
(2006年 中国 1時間47分)(2007年公開済、DVD発売中)
監督:田壮壮
出演:チャン・チェン、柄本明、シルビア・チャン、伊藤歩、仁科貴、大森南朋、野村宏伸、南果歩、松坂慶子、
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第3回おおさかシネマフェスティバルで外国映画部門主演男優賞に輝いた、台湾の名優、チャン・チェンさんを迎え、3月2日、大阪国際交流センターでスペシャルイベント「チャン・チェンとの夕べ」が行われ、トークと『呉清源
極みの棋譜』(監督:田壮壮/2006年/中国/1時間47分)が上映されました。
大変遅れてしまいましたが、5月31日から主演映画『ブレス』も公開されているほか、秋には『レッドクリフ』の公開も控えているチャン・チェンさん。イベントの前に行われた記者会見と当日のトークをご紹介し、彼の素顔に迫りたいと思います。 |
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――――『呉清源 極みの棋譜』の撮影の時の思い出は?
撮影したのが秋で、とても美しい情景でした。京都の近くで撮ったので、お寺の中での撮影が多く、気候の変化とともに色彩が変化していくのを体験でき、幸運でした。
毎日の撮影時間はかなり規則どおりで、昼間の明るい時だけ撮影し、夕方は散歩に出たり、心地よく過ごしました。舞鶴で撮影する時に初めて見た日本海は、とても荒々しく、荘厳で、印象に残っています。映画の中で観たのと、実際に見たのとは、少し違う感じがしました。 |
――――『呉清源
極みの棋譜』の撮影を通じて、日本のイメージは変わりましたか?
昔と今のイメージというより、私自身が日本を体験する中で、興味を持つ分野が変わってきています。私は日本が好きで、地理的に近いこともあり、今まで30回以上来ています。台湾の文化は日本に近く、小さい頃は日本のアニメや漫画に興味がありました。大人になるにつれ、日本に関して、好きなこと、したいことも変わってきて、買い物や家電を買った時期もあります。今は日本の文化、日本的なものに興味を持っていて、小説も読んでいます。
――――好きな日本の小説家は?
村上春樹、村上龍、伊坂幸太郎、松本清張です。私が読む小説の半分は日本の小説で、探偵もの、推理小説が好きです。
――――世界の名だたる監督たちの印象は?
監督はそれぞれ性格も異なるので、持ち味もテンポも違い、一人ひとりのことを言うのは難しい。エドワード・ヤン監督、ウォン・カーウァイ監督は、会っても距離感というか、溝があるように感じました。
田監督は、一番親しみやすい感じで、初めて会った時から互いに距離を感じませんでした。撮影現場でも、指導者としての魅力があり、今回、中国や台湾や日本のスタッフが参加して映画をつくりましたが、うまくまとまることができ、統率力は際立っています。
観客の皆さんはできあがった作品を観るだけですが、私たちは製作のプロセスをみることができるので、とても大切に思っています。スタッフ・キャストの組み合わせは毎回違い、その中で得る体験も違っており、興味深い。『呉清源
極みの棋譜』では、ロケハンにも参加でき、おもしろかったです。
――――『百年恋歌』の3つのオムニバスのうち、どの時代が一番好きですか?
3つめの現代が一番好きです。未来の方向を見失った青年という感じで、漂うような、アンニュイな感じが出ていて、おもしろかった。私の友達とも、そういう話がよく出るので、現代的だと思います。
――――外国の映画祭にはよく行きますか?
出た映画が映画祭に出品されるかどうかによるので、自分でコントロールできることではありませんが、幸運なことに、毎年、どこか海外の映画祭に参加しています。カンヌ国際映画祭には6回。東京国際映画祭にも参加したことがあります。最近は釜山国際映画祭に行くことが多い。台湾の金馬奨、中国の金鶏百花映画祭、ヴェネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭、オスカーにも「グリーン・デスティニー」で参加したことがあります。
――――チャンさんは国境を越えてダイナミックに仕事されていると思いますが、時代の流れをどう感じていますか?
台湾の映画界でも、今、ニュー・ウェーブが起きているように思います。私が生まれ育った台湾の映画界がもっと活性化して、新しいピークをつくってほしい。時代の流れとか変化を変えることは私にはできないけれど、台湾の映画界の活性化にできるだけ力を尽くしたい。 |
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【「チャン・チェンとの夕べ」でのトーク】
――――『呉清源
極みの棋譜』は滋賀県で撮影されたということですが。
主に滋賀県の近江八幡で撮りました。ほぼ3か月かかりました。滋賀は大変美しいところで、日本料理もすばらしかった。近江八幡の撮影場所の近くにあったケーキ屋さんがとてもおいしくて、よく行きました。ぜひ行ってください(笑)。 |
――――囲碁の神様といわれている人を演じるにあたって、役づくりは?
呉清源さん本人がご健在で、70歳まで囲碁を打ち続けたすばらしい方。そんな人を演じることは私にとってチャレンジでした。まず日本語を話さないといけないし、囲碁についても勉強しなければいけない。囲碁を打つ時の集中力も必要でした。
――――碁石を打つ手がとても美しかったですが、誰かに習われたのですか?
台湾にいた時に習い始め、日本に来てからは、呉さんの弟子の方に習いました。碁会所にも観察に行きました。私ぐらいの年齢の人が囲碁を正式にやるのはあまり見かけませんでした。正座が苦手でとても練習しました。
――――日本の役者たちと共演しての感想は?
嬉しかったです。日本語の能力が十分でなく、日本の有名な俳優さんたちとの共演ということでプレッシャーは大きかった。日本語を早くマスターし、皆さんとも話ができるよう努力したので、撮影に入ってからは特に問題なかった。
――――田監督はどんな方でしたか?
とても魅力あふれる監督で、いつもまかせておけばいいと思いました。話もうまいし、ユーモアもあって、私が女性だったら、きっと彼を愛してしまうような人でした(笑)。私とはとても気が合うのか、撮影前に初めてお会いして以降、今も時々、連絡をとりあっています。
――――一 一番気に入っている出演作は何ですか?
私にとって、全ての出演作品が大切ですが、なかでも『愛の神、エロス』は重要な意義を持っています。映画をつくることの喜びとプレッシャーの狭間でいつも揺れていますが、『愛の神、エロス』をきっかけに映画っていいものだなと喜びを感じられるようになりました。ウォン・カーウァイ監督は、映画においても人生においても目標の高い方で、いろいろなことを学びました。
急遽、来日が決まり、イベントの周知期間が短かったにもかかわらず、会場には大勢のファンが詰め掛けました。トークの最後に設けられた写真タイムでは、舞台前に女性ファンが押し寄せ、携帯を手にチャンさんの写真を夢中になって撮っていました。そんな彼女たちに向けて、ご自分も携帯で写真を撮っているチャンさんの姿に、無邪気な一面を垣間見た気がします。日本への関心も高いということで、また大阪に来られることを楽しみに待ちたいと思います。 |
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| 『ぐるりのこと。』 合同インタビュー |
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ゲスト:橋口亮輔監督、リリー・フランキー
(2008年 日本 2時間20分)
監督・原作・脚本・編集:橋口亮輔
出演:木村多江 、リリー・フランキー、倍賞美津子、寺島進、安藤玉恵、八嶋智人、寺田農、柄本明
6月21日(土)シネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋、京都シネマ、シネ・リーブル神戸
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公式ホームページ→
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作品紹介→
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バブル崩壊後の日本。1993年冬から9.11テロの起こる2001年までの10年近く、一組の夫婦が数々の困難に向き合い、乗り越えていく姿を描く。出版社に勤めるしっかり者の妻翔子は、職を転々とする夫カナオとともに、出産を間近に、幸せをかみしめていた。しかし、初めての子の死をきっかけに、翔子は心を病んでいく。法廷画家の仕事を得たカナオは、妻を支え、温かく見守りながら、様々な犯罪や事件の裁判を静かにみつめ、時代の息遣いをとらえていく。
監督は、『ハッシュ!』で観の心を魅了した橋口亮輔。6年の歳月を経て、待望の新作。夫のカナオを演 じるのは、小説「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」を書いたリリー・フランキー。ひょうひょうとした存在感はカナオそのもの。時に感情を爆発させる翔子を演じる木村多江さんの熱演を温かく受け止める。橋口監督とリリー・フランキーがPRのために来阪。なごやかな雰囲気の中で合同インタビューが行われた。 |
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――――前作の『ハッシュ!』から6年経ち、もう一度映画の現場に戻ってこようという意欲はどのあたりから湧いてきたのですか?
監督:自分でも新しいことをやりたかった。もうゲイの話はいいかなと思いました。『ハッシュ!』では孤独だった三人がもう一回つながってみようと思い、一瞬つながることが大切というラストシーンでした。その後の映画として、つながっている人を描こうと、それなら夫婦かなと思いました。 |
でも、その後すぐ自分が鬱になって1年間ブランクがあり、もう映画なんてやめようと思った。それからまたもう1回映画をやってみようと思うまでは本当に大変だった。でも、自分を鬱にして絶望させたのも人なんだけど、もう一回映画やってみようかなと思わせてくれたのも人なので、必然的に、希望というのは人と人の間にしかないんだなということを描く映画になりました。
そして、この映画を通じていろんな人と出会えて本当に幸せだったし、ああ生きてるとこんないいものを観れるんだなと思った。やはり人の世の中でやっていくのは大変だけど、人に接することでもらうものとか、喜びもあるんだと実感しました。
――――『ハッシュ!』は男2人女1人でした。本作は夫婦のストーリーでしたが、何か違いはありましたか?
監督:最初、台本を書く時は、僕に夫婦像を描けるのかなと、ちょっと構えていたところがあったんですが、男と女が一緒に暮らしていて、そこにしかない会話はあるでしょうけど、人間のことを描くのに、夫婦でも夫婦でない人でも変らないと思いました。
――――カメラの前に立った役者として、リリーさんはどうでしたか?
監督:すばらしかったです。天性のものでしょうか。リリ−さんの人柄だと思います。いろんな役者に取り囲まれてやっているけど、誰よりも存在感がありました。細かいこと、こんな表情をしてほしいとか僕は一切言わなかったのですが、セリフもアクションもない、難しいシーンをアップで撮る時でも、ちゃんとその表情になって、すぐ本番にいけた。
いろんな人に囲まれていても距離感やバランスをうまくとっている、そういう人柄みたいなものが反映されているのかもしれません。
リリー:僕が役者だったら大変ですよ。先輩の役者さんたちに取り囲まれて気をつかって…。休憩のお菓子も食べられない(笑)。
監督:ベテランの俳優さんがいっぱいいて、やはり皆、監督や他の役者達の演技をちゃんと見ている。皆があれだけ高いテンションを保って好演できたのも、主役を見ていたからだと思う。リリーさんの演技を見た時、どんな役者さんもできない自然な演技で、こんなふうに演じたいと思うような演技ができていた。だからこそ、皆テンションが下がらず、全力でやってくれた。それはすごいことだと思います。 |
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――――リリーさんは、現場でいかがでしたか?
リリー:毎日早起きでしたが、起きるのが楽しかったです(笑)。凄い役者さん達が揃っていて、最初はやはり想像しただけで怖いなと思ったけれど、スタッフもキャストの皆さんも優しくしてくれて、受け入れてくれる感じだった。 |
――――撮影前にどんな準備をされたのですか?
リリー:映画は結婚する直前から始まるけれど、二人は大学生の時に知り合ったことになっているので、その頃の記憶をつくるために、監督と木村さんと3人で、1週間、稽古場で芝居の稽古をしました。でないと、映画の最初で、いきなり木村さんと夫婦の話にいけない。それまでずっと一緒にいて、いろんな話を僕たちにさせ、“嘘の記憶”をつくり、それからクランクインしたので、木村さんとああいう話をするのは、自分の中で日常になっていた。僕は何も用意してないけど、監督がそういう用意をしてくれました。
監督:リリーさんが大学生という設定で、木村さんをナンパするシーンは可笑しかった。「僕の家で飼ってるうさぎを見に来ない?」とか言って(笑)。
――――監督の演出は?
リリー:うどんを食べる本数まで監督の言われたとおりやりました(笑)。でも、監督は「こうしてほしい」とか、細かくは言わないんです。「カナオならこういうふうに思うんじゃない?」という言い方でした。
監督:こういう表情をしてくださいとか細かい演出はせず、役者さんに委ねたところが多かった。夫婦の場面も同じ。ただ、木村さんは感情の起伏が激しく、つかみにくい役なので、口数は多くなっていたかもしれませんね。
リリー:監督が木村さんにいろいろ言っているのを僕は横で聞いていて、監督は僕にはあまり言ってくれず、興味を持たれていないのかと思った(笑)。監督と木村さんのやりとりが結構長かったので、僕はお菓子コーナーにあった、ふんわり名人というお菓子がめちゃめちゃ美味くて、食べてばかりいて、映画撮影中で6キロ太りました(笑)。
――――脚本を現場で変えたりはありましたか?
監督:裁判の場面では台本を変えたことはありましたが、それ以外、リリーさんと木村さんのアドリブにみえるような場面でも、台本どおりです。
事前にリハーサルをやっていたので、そのリハーサルの中で変えてみて、今のセリフよかった、というのがあると、僕がメモしておいて、後でまとめて文字にして台本にした。台風の場面もこの流れでやりたいと台本を渡して、リハーサルで何回もやりました。
リハーサルでも、本番と同じテンションの高さ。疲れるからテストの時は軽くと木村さんに言っても、同じテンションでされていました。
リリー:プロだなと思いました。3人で事前にやっていると木村さんはあんなに泣いていて、僕はその横でふんわり名人を食べながら待っていて(笑)何が大変でしたかとよく聞かれるけど、木村さんが大変で、自分が大変だったということはなかったです。木村さんと監督はどんどんやせていくし、僕は太っていくし(笑)。
監督:2か月で10キロやせました。台風の場面では、木村さんも立っていられないくらい自分を追い込んでいたんじゃないかなと思います。僕も何かにつかまらないと立てないくらい体力を消耗しました。 |
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―――― 一組の夫婦の話でありつつ、この10年という時代を描いている。言葉にならないものを映画にしているところがすごいと思いましたが、お二人からみたこの10年はどんなものでしたか?
監督:日本人のメンタリティが大きく変わった10年だと思う。一組の家族について、一日一日の移り変わりだとそんなに変わったようにみえなくても、長いスパンでみるとこんなに影響され、変わったということが描けたらいいと思った。 |
バブルで日本人の価値観が徹底的に変えられた。宮崎事件という犯罪が起こり、言語化不能な得体の知れないものを生んでしまい、あの事件で日本の犯罪史も変わったといえるかもしれない。その後、酒鬼薔薇事件とか、オウム事件が起きました。いろんなことがあって、日本人のメンタリティが変わる転機がバブル崩壊以降。そういうところから映画がスタートした。
日本人のメンタリティがどう変わったかを描くきっかけになったのが、イラク戦争で人質になった日本人の方が帰ってこられた時に、成田空港で「自業自得」と赤文字で書いたプラカードを持って、笑っている若い女の子がいた。何がおかしくて笑っているのか、なぜこんな日本人がいるんだろう、日本人はなぜこんなに変わってしまったのか、と驚きました。
リリー:テレビや雑誌の事件の扱い方をみていて、腹が立つことが多くなった。オウムや宮崎事件にしても、恐ろしいことが起きているのに、“ショー”になっていて、皆が謎解きをして、いろんなことを言って、どこか深刻じゃない感じ。恋愛観についても、一人の人と一緒になり、いろんなことをずっと乗り越えていこうなんて誰も言わず、むしろそれを“純愛”といって馬鹿にしたり、何か嫌なことがあったらすぐ別れたり、次の人でリセットするとか、画一化されてきていると思う。人はもう、ねじれていることにさえ気づいていない。
この作品の二人の夫婦のありかたは、僕の中では当たり前。この二人は、周りの人達に振り回されないし、一緒にいていろいろ乗り越えてきて強い絆を持っている、一番幸せなもの、本当は皆が求めているものを持っている夫婦だと思う。恋愛観って真剣に考えなきゃいけないことだと思うのに、今はなんか軽薄で中身のないペラペラな感じ。
サブカルチャーというかアンダーグラウンドの僕みたいな人間が、一般に対する皮肉を込めてコラムを書いているのに、それが皮肉にならない。一般的なもの、スタンダードがおかしいから、僕達のようなアンダーグラウンドの者がおもしろいコラムを書けなくなる。僕達が人の愛とか青春をまじめに書かないといけないというのは、土台がおかしくなっているというか・・。そういう、もやもやしたものが、この映画を通じて、自分の中で気持ちがすっきりしたような気がします。
――――好きなシーンは?
リリー:木村さんと二人で立ち食い蕎麦を食べているシーン。僕には、あれがあこがれの夫婦です。着るものとかお金とかなくても、ああいうふうに立ち食いできるといい。トマトを食べる場面とか、なんでもないことが温かく思えます。
撮影を通じて感じたこと、考えたこと |